小松美羽の個展(大回顧展・軽井沢)へ!魂でストーリーを感じた

    以前から注目していた小松美羽さん。
    彼女の絵を生で見たい!ということで、夫に休みをとってもらい車で軽井沢へ行ってきました。

    私が小松美羽さんを知ったのは、3年前のこと。

    2015年秋に、私は仕事のミーティングのため出雲大社へ行きました。
    島根県初上陸でした。

    はじめての島根でしたので、美味しいものや見どころなど調べていきました。
    その中で「小松美羽という女性が出雲大社に絵画を奉納した」という記載を読み、その時はじめて彼女を知りました。

    当時、2か月前に私の父が他界し(→関連記事
    まとまらない気持ちを抱えたまま日常を過ごしていました。

    夕焼けが綺麗な空をみると、
    「お父さん、いま、どこにいるんだろう」と思っていたりもしていました。

    そんな胸中で遠出をするのにも少し気が引けたのですが、「そんな時だからこそ」と、知り合いのライターさんが出雲大社へのミーティングに誘ってくれたのでした。
    父の四十九日を過ぎてすぐだったと思います。

    小松美羽さんの絵は、子供には「怖い絵」と言われてしまいそうな、死生観を感じる(魂のチカラを感じる、魂の悲鳴や歓喜も伝わる)絵が多いのですが、当時の私は偶然みた彼女の『四十九日』という絵を

    「なんて美しい絵なんだろう」

    と目を離せずにいたのでした。


    (『四十九日』 少〜しナナメですが、お許しを・・・)

    父の四十九日→出雲大社→小松美羽『四十九日』と、こんな流れがあって、なんとなく私の中で一連のつながりがあるように感じていました。偶然じゃないのだと思っていました。

    やがて、もうひとつ、彼女にググッと気持ちが近づく出来事がありました。

    みなさんご存知の方も多いかと思いますが、
    茨木のり子さんの『自分の感受性くらい』という有名な作品があります。

    私はこの詩が好きで、
    手帳に書き写してあったり、なにか行き詰まったときに写経したりして、いつも近くにこの詩を置いてきました。

    小松美羽さんの座右の銘も『自分の感受性くらい』だと知ったとき、私は「彼女の絵をみに行かなければ。」と思ったんです。
    とはいっても、なかなかタイミングが合わずにいたのですが、今回、ようやく実物をみることができたのでした。


    (同じ言葉を座右の銘として共有している!という勝手な喜びで満ちる私に、嬉しすぎるコーナーが!震える。)

    もうね、そこはインスピレーションの嵐!
    来るわ来るわ、
    降るわ降るわ、
    湧きでるわ湧きでるわ
    で、

    大忙しの私の臓器全部、からだ全部(笑)

    さて、私の興奮もひとしお。
    ここからは、私のつたない撮影をご覧ください。


    (9月2日にライブペインティングが行われた時のものです)

    あぁ、やっぱり私は、広くものを書いていきたいわけじゃないんだ。
    マルチタスクとは別のところで生きているんだな。

    私も、もっと心を費やし、もっと潜り込み、
    ひとつひとつの文脈を祈るように置いていく。

    今の自分にO.Kサインが出たような気持ちになりました。
    許可をもらえたような。

    過去と現在はつながっていることを、改めて確認できた日でした。

    そして、これらは余すことなく未来へつながるのです。

    ありがとう。

    ★::☆・∴・∴・∴・∴・∴‥∴・☆::★

    小松美羽展は9月30日までやってます。

    ご興味があったら行ってみてください、ぜひ!
    (↓画像クリックでHPへ飛びます)
    終了しました。

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