ワタシリズムに気づく ー 心と文脈 ー

ジャーナル

私ごとですが、よかったら読んでみてください

これまでいろいろなクライアントさんと一緒に仕事をし、多様な文章を書いてきました。
その際、依頼された文章を仕事として書いただけでなく、報酬以上のものを毎回手にしていました。
経験と学びです。

私が依頼される仕事は女性オーナーが多く、私よりひとまわり以上大人の方も多いです。
そんな彼女らは、私なんかより勇気もあり、行動力もあり、決断力も半端ない。

一緒に企画を考える中で、その空気を痛いほど味わい、ヒヤヒヤやドキドキも感じながら、最後には達成感でいっぱいになる。
もちろん、成功だけではなく残念な結果を招いてしまったこともたくさんあるけれど、それでも前へ進もうとする姿は輝いていました。

私はパニック発作から始まり、その周辺の診断をいくつか突きつけられ、歯痒い2年間を送ってきました。
(「突きつける」と書きましたが、それまで自分をかえりみなかった、すべて私の責任です)

「何もしなくていいよ、というか、何もしないでください」
と主治医に言われ、初めは「これで堂々と休める」なんて安心したけれど、そんな気持ちは1週間ともたなかったです。

何かしなければならないという焦り、と反対に、猛烈に襲いかかる無気力、予兆なしにやってくる生きることへの絶望感(おそらく副作用かと思われます)

真っ先に症状としてあらわれた言語の不具合も、全然回復してない。
言葉が出ない、出ない、出てこない。

しばらくし、ようやく心身が落ち着いてきた頃にやってくるのは、失ってしまった2年間への未練です。
仕事も手放し、人も離れ、もともと自己肯定が低かったうえに、さらに自信もなくしてしまった。
でも時間は戻ってこない・・・。

そんな私の頭にはいつも、一緒にご飯を食べる家族の顔がありました。
一緒に仕事をしてきた人たちの「なんとかなるよ、やってみよう」という合言葉がありました。
凛々しいクライアントたちの姿もあります。

そんな笑顔ふりまかれたって・・・
なんとかなんてならないよ・・・

打ち消す自分の声の方が大きく、何度も上書きをしてきました。

 

それがここへきて、やっと、やっと、少し霧が晴れてきたのです。
少しだけ、自分の手元がかすんで見えるようになってきました。

遙か先は見えないけれど、腕の長さ分くらいは見分けができるほどには見えてきました。
(おもしろいことは、まだ言えません。笑)

日々にまだ波はありますが、

とろりとした今の時間のゆるやかな変化を、わからないままにも受けとめ、何かの次へつなげていけたらと思います。

今のこの時が、いつか、人生の宝物みたいな背景となることを祈って。

 

 

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