自分の内を見よ。
『自省録』マルクス・アウレーリウス
内にこそ善の泉があり、この泉は君がたえず掘り下げさえすれば、たえず湧き出るであろう。
キッチンに立つときは、たいていの場合、本とペンとノートを持ち込みます。
持ち込む本は、ほとんどがリピ本です。
「一度は目を通したことがある」というゆとり意識が働いて、焦ることなく気持ちよくサラッと読むことができます。
あとは、名言集や短いエッセンスでまとめられた類いのもの。
キッチンでの読書は、基本的にながら読書なので、短い完結は作業の合間によむには都合が良いです。
(読書の合間のキッチン作業、という気もしなくはない。笑)
今、世界は新型ウィルスでこんな状況です。
平日でも家にいることが多いせいか、いつも以上にインプット欲が強まっているようです。
哲学、歴史、随筆、ファンタジー、伝記、思考術・・・。
どんなジャンルの映画を見ても、
いろいろな本を読んでも、今の私は自分の中に徹底的におとしこむまで考えてしまう傾向にあります(苦笑)
作品の内容を掴んで、楽しんで、手放す、という普通のことができないのです。
自分のフィルターを通したそれぞれの場面や思いが立ち上がり、あらゆる形になって私の内へ内へと潜り込んでいきます。
普段、忙しく過ごしていて目を向けられていないこと、
つい、二の次にしてしまっていること、
痛みが伴わなかったために分かろうとしなかったこと、
これらを吸収しているのかもしれません。
意識の矢印が「自分」に向けられているのをヒシヒシと感じます。
もっときちんと自分を知るために。
こんな風に、思い考える機会が与えられた今を決して破棄せず、けれど安心して暮らせる日常が早く戻ってくることを祈って。
『自省録』マルクス・アウレーリウス
『生きがいについて』『こころの旅』という本を愛読しています。
心理学を勉強していた学生のころから、何度も読み返している本です。
その著者、神谷美恵子さん訳の『自省録』です。
この本は、最初から順序よく読むのではなく、スキマ時間にパッと開いたところをみる読み方をすると、構えず、余計な力が入らず、気づきが得られます。